価格情報の一人歩き

ビジネスに掛ける手間を惜しんではいけない

 内外価格差が問題として取り上げられるようになってから、商品はデザインや効用より価格で議論されるようになった。最近、ある外国製部品の輸入販売に関する記者会見に出席したが、記者からの質問は「日本の部品よりどれだけ安くなるか」に集中していた。
 確かに価格は商品を説明する重要な要素であるが全てではない。大切なのは開発コンセプトや、使用にあたり生み出す様々な価値である。例えば環境に配慮した商品を開発し、コスト高になった場合、一時的に顧客の負担は増えるが、トータルで見た場合の社会的コストは下がる訳である。
 商品の説明に興味を持たず、価格ばかりを気にする記者たちに、日本市場に新たなビジネスを提案するため来日した、外国部品メーカーの幹部は困惑の表情を浮かべていた。
 価格は市場が決めるものであり、顧客にとって「価値ある商品であるか」が問われるのみである。顧客は、その商品を高く買う権利も、数軒の店を訪ね歩いて、できるだけ安く買う権利も有している。
 ビジネスは顧客へのアプローチから始まり、商品説明、接客サービス、受け渡し時間、支払い条件、さらにアフターサービスも含めたプロセスであり、価格はその一部に過ぎない。価値の多様化した現在にあって「商品の選択」はプロセスが大切な手間の食う作業でも
ある。
 ところが、一方でこうした作業を簡略化したいという欲求も当然起こる。全ての商品・価格情報を一つのパッケージに取込み、それぞれの商品を比較できるシステムがあれば便利と思うだろう。さらに、画面で呼出した情報を発注に繋げることが出来れば、繁雑な仕入れ業務は大幅に効率化する。
 しかし、こうしたシステムにも大きな危険が潜んでいる。
 インプットされた情報は限られているし、判断も瞬時で行われることから価格情報のみで商品が選択される恐れがある。さらにオペレーターが一々選択しなくても、自動的により安価な商品を選択するシステムが組込める。
 すると付加価値商品等、価格以外の魅力を備えた商品はシステム的にボイコットされてしまう。
 さらに問題なのは価格が固定化されてしまうと言うことだ。本来なら価格は市場競争のプロセスの結果決まるのである。変動する商品の需給状況や市場の競合商品の動向によりサプライヤーは価格戦略を練る。市場毎に競争条件は違うので価格も市場毎に変化する。
 コンピューター化したシステムでは、情報を入力した段階で勝負は決まってしまう。そのため市場毎の価格差が消えて画一化することになる。
 こうしたシステムも、それぞれのショップが、限定された仕入れ先の取扱い商品情報を管理するため参考程度に使用するのであれば、まだ救いがある。取引先担当者の顔が見える状態であるし、別の仕入れ先の新規参入も可能だ。
 ところが、ニュートラルなシステムとして不特定多数の事業者に同一のパッケージが導入された場合は、取引先担当者の顔も、他の競争者の顔も見えないまま限定された情報の中でビジネスが瞬時に終了してしまう。
 こうしたシステムが普及すれば、サプライヤーの側も、これに合わせた商品を開発するだろう。商品の多様性は失われるし、仕入れ価格も同一化する傾向が出てくれば販売価格も似通ってくる。
 これは現在の消費者にとって幸福な事とは言えない。成熟化した市場で顧客満足を得るには、ビジネスに掛ける手間をあまり惜しんではいけないのではなかろうか。
(編集長 白柳孝夫)